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静岡地方裁判所 昭和29年(ヨ)231号 決定 1954年7月10日

申請人 近江絹糸紡績株式会社

被申請人 全国繊維産業労働組合同盟近江絹糸紡績労働組合富士宮支部

主文

(一)  被申請人の組合員は別紙図面中赤線で囲む区域内に立ち入つてはならない。

(二)  被申請人は富士宮市大官二一一番地所在の申請人富士宮工場正門並に正門通用口に設けた天幕その他の障害物を撤去しなければならない。

(三)  被申請人の組合員は右工場の原料、製品、食糧その他の物品の搬出入を実力行動を以て妨害してはならない。

(四)  被申請人において第二項の物件を任意に撤去しないとき、その他前項の命令に違反して妨害行為をなしたるときは申請人会社は静岡地方裁判所執行吏に委任してこれが収去その他適当の措置をとらしめることができる。

(五)  申請人その余の申請を却下する。

(六)  申請費用は被申請人の負担とする。

(無保証)

理由

第一、申請の趣旨

一、被申請人の組合員は申請人会社富士宮工場構内に立ち入つてはならない。

二、被申請人は前項記載の工場構内正門並に正門通用口に設けたテントその他の障害物を撤去しなければならない。且、同工場正門並にその通用口に立ち塞り、或は坐り込み、その他同工場への通行を阻害する一切の行為及び自動車、トラック等による同工場への原料、工場並に寄宿舍所用物品の搬入及び同工場からの製品類の搬出の妨害をしてはならない。

三、申請人の委任する執行吏は前各項の趣旨を被申請人等に明らかにし、被申請人らの正門並にその通用口のテント張りその他の障害物を撤去し、且将来前記工場内にテント等設置の場合には之が撤去を為し、その他適当な方法を以て前記工場構内への立入を防止し、又は右正門における通行妨害の措置を排除することができる。

第二、当事者間に争のない事実と当事者双方の提出した疎明資料により一応認められる事実関係に基く当裁判所の判断の要旨は次の通りである。

一、事実関係

申請人会社(以下単に会社という)は絹糸及び綿糸紡績を営む株式会社で肩書地に本社を、彦根市、長浜市、岸和田市、大垣市、津市、中津市にそれぞれ工場をもつほかに富士宮市にも工場を所有しており、会社の従業員は約一万二千名で、内富士宮工場の従業員は千六百名である。被申請人組合支部(以下単に組合という)は、全国繊維産業労働組合同盟に加盟しており、富士宮工場の従業員中約三百四十名を以て組織されている。

会社は大正六年八月創立され、昭和十八年当時の資本金は八百万円であつたが、昭和二十三年以降は逐年増資発展を重ね、現在の資本金は十億円である。しかし、このような会社の発展のかげには、会社は能率の向上或はコストの引下を図るため、従来から兎角労務管理の適正を欠き、或は私生活に干渉する傾きがあり、大垣工場、彦根工場、津工場においては労働基法違反により所轄労働基準監督署より取調べを受けたことも十数回に達している。会社には従前より近江絹糸紡績労働組合があつたが、その幹部は殆んど会社の幹部によつて占められ、その活動も低調不活溌であつた。

このような状態を改善しようとして、昭和二十九年六月三、四日頃大阪本社及び岸和田工場において、全国繊維産業労働組合同盟に加盟の新組合が結成され、富士宮工場においては、寺田尚夫らを中心とする三十余名を以て組合が結成され、その頃会社に対し組合を即時認めること、外出、面会の自由を認めること、賃金を値上げすること等十二項目に亘る要求を掲げて団体交渉を請求しストライキに入つた。富士宮工場従業員のうち、同工場内の寄宿舍、社宅、社員寮等に起居していたものは、会社が組合の結成或はそれへの加入を嫌悪するので、やむなくこれらの宿舍より相次いで工場外に出て組合を結成し或はこれに加入してストライキに参加するに至つた。会社はこれに対抗して六月九日富士宮工場を閉鎖し、この旨を同工場正門に掲示し、組合に通告すると共に工場正門附近に可動の鉄条網を設置して同組合員らが、これまで居住使用していた寄宿舍、社宅、社員寮及びその附属施設の存在する工場構内全般への立入を禁止するに至つた。一方、組合に加入しない残余の従業員約一千余名は従来の組合を改組して別の組合を結成し業務に従つていた。

このような状況の下において、組合は会社に就業を要求して工場に侵入しようとし、六月十二、十四日の両日に亘り或は塀を破壊して工場構内に侵入し、或は外部団体の応援の下に正門を破壊して構内に侵入し、ために操業中の従業員との間に混乱が起り、食堂の窓ガラス等を破壊するに至つた。しかして六月十四日以降は組合員は組合の指令により同工場正門並にその一般通用口に天幕を張り、莚、腰掛を持ち込んで組合員が坐り込み、かくて完全に同工場正門を拓するに至つた。このため工場への人の出入については、多少の不便はあるとは言え、右一般通用口を利用して、たいした支障もなく行き来しているが、会社は同工場の生産原料、製品、生活必需品の搬出入が妨害されるに至つたので、これらの搬出入方を六月二十日、二十六日組合に申入れたが、いずれも拒否された。このようにして六月二十一日以降は原料綿は全然工場に搬入できず、六月二十七日以降は工場の作業は全面的に停止され、従来同工場の精紡機七万六千錘の操業による一日約三万五十ポンドの生産が皆無となり、又在庫の原糸約七十万ポンドの出荷が不能となり、ために同工場よりの原糸を以て操業している需要先より厳重に出荷方の督促を受け信用を失墜する等有形無形の損害を蒙つている。又工場寄宿舍約千名の食糧品の調達にも著しく不自由を受けている状態である。

二、当裁判所の判断

(1)  申請の趣旨第一項について

先ず本件工場閉鎖が正当であるかについて考えて見ると、組合が分裂し、その内の一部組合員がストライキに入つた場合使用者側かこれに対抗する争議手段として部分的にいわゆる工場閉鎖をなすことは勿論正当であると考えられるが争議中と雖も組合員は従業員たる地位を有する限り、寄宿舍、社宅、社員寮及びこれに附属する施設の使用権を直ちに失うものとは解せられないから、単に事業場のみに止まらず右寄宿舍並に附属施設等をも事実上使用することができないように全面的に工場構内への立入を禁止した点において、本件工場閉鎖はその必要なる限度を逸脱したものと言わなければならない。しかしながら、その故を以て直ちに右の工場閉鎖を無効視し自由に工場構内に立入りうるものと解するのは正当でなく、少くとも組合の組合員らの労務の提供を拒否する目的で事業場その他操業に必要なる区域への立入を禁止した範囲に於て右工場閉鎖は適法なるものといわざるを得ない。従つて組合の組合員らが之を無視して就業を要求し、会社の意に反して本件工場構内に侵入したことは違法であつて不法侵入のそしりを免れないものというべく、しかも前記の如く構内に侵入して器物を損壊した以上会社は組合員らに対し所有物件保全のため所有権或は占有権に基きその立入禁止を請求し得ることは明らかであり、且疎明によれば別紙図面中赤線で囲む部分は組合員らの不法な侵入を受ける危険があり、また、著しい損害を生ずる急迫した事情があると考えられるから、申請の趣旨第一項については主文第一項の範囲においてこれを認めその余は失当として排斥することとする。

(2)  申請の趣旨第二項について

組合は工場正門における天幕の設置は会社の許諾を得たものである。或は会社が工場閉鎖の際鉄条網を設置した後になされたもので、会社の挑発に対抗する行為であると主張するけれども、前者については疎明がなく、後者についても会社が故意に組合を挑発する為の手段としたことを認めるに足る疎明がない。

一般に「ピケッティング」は平和的な方法による限り坐り込み或は集団的示威も許されると考えられるけれども、この限度を超え実力行動を以て会社の正当な原料、製品等の搬出入を阻止するに至ることは到底許され得ない。前記認定の事実によると組合は会社の工場正門に天幕を設置して原料綿、製品、生活必需品の搬入及び搬出を阻止妨害しておるから、かかる所為は正当な組合活動の範囲を超える違法な行為であると言わなければならない。

よつて会社は所有者或は占有者として組合の組合員に対しその正門に設備した天幕その他の妨害物の撤去並に原料、製品、食糧品の搬出入につき、この妨害の排除を請求し得ることは明らかであり、且つ疎明によれば、組合員の不法な占拠或は妨害により会社は著しい損害を受くべき急迫した事情にあるものと言えるから、申請の趣旨二項は主文二、三項の範囲においてこれを認めるのを相当とし、その余の申請については、現在特に仮処分を必要とする疎明がないから却下する。

(3)  申請の趣旨第三項について

会社が組合の前記天幕の設置及びその他の妨害行為により原料、製品の搬出入に著しい支障を来し営業上甚大な打撃を蒙りつつあること及び食糧の補給にも脅威を受けつつあることは前記認定したところにより明らかであるから緊急に之を排除する必要があるものと認められる。

よつて組合の組合員らの自覚に基く任意の履行を期待し難い場合には会社に於て執行吏に委任して、前記天幕の收去その他妨害行為を排除するに適切なる措置を講じうるものとし右以外の請求については現在においてその必要性に乏しいものと認めこれを排斥する。

(4)  よつて本件申請は主文記載の範囲において理由があるものと認め、その余はこれを却下し、申請費用については民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 戸塚敬造 田嶋重徳 大沢博)

(別紙省略)

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